第12回
日本周術期時間医学研究会
プログラム・抄録集
日時:2011年2月26日(土)13:30〜17:30
会場:パシフィコ横浜 会議センター5F 503号室
(第38回日本集中治療医学会学術集会併催
会長:野口いづみ
事務局:鶴見大学歯学部歯科麻酔学教室)
〒230−8501
TEL:045(580)8343,045(580)8341
FAX:045(573)9599
Web:http://jikanigaku.web.fc2.com/
Mail:jikanigaku@yahoo.co.jp
第12回日本周術期時間医学研究会を開催するにあたって
この度、第12回日本周術期時間医学研究会を開催させていただくことになりました。第38回日本集中治療医学会学術集会が横浜で開催されるにあたり、地元、横浜ということで、白羽の矢をたてていただいたということと存じます。日本周術期時間医学研究会は、例年、日本集中治療医学会学術集会の第3日目に、日本集中治療医学会学学術集会会長のご厚意によって同じ会場で開催させていただいており、今年も慣例に従わせていただきました。会長の日本医科大学付属病院集中治療室田中啓治部長に深く感謝申し上げます。
“周術期時間医学”とは、わかりにくい学会名ですが、わかりやすくいうと、主に麻酔科学・集中治療医学関係者がかかわる、周波数解析について研究する学問領域と言えると思います。様々な周波数解析法の一般化、その臨床への応用、および症例の集積などによって、学問体系は築かれつつあります。中でも、心拍変動と脳波については研究の発展が著しく、臨床の現場で市民権を得るようになりました。
本研究会では主に心拍変動が対象とされることが多かったようですが、今回、初めて脳波をメインテーマとし、シンポジウム“麻酔と脳波について語ろう”を行なうことし、麻酔中の脳波の研究で積極的に活躍されていられる臨床の先生方に集まっていただきました。
萩平哲先生には、“脳波解析法の基礎”のご講演をお願いしました。脳波解析について基礎的な部分を中心に解説していただくとともに、最近、使用されるようになった聴性誘発電位の特徴にも触れていただきます。脳波の概念の整理に役立つでしょう。高松功先生には、“BIS・エントロピーを用いた麻酔深度の評価”として、脳波エントロピーの特徴について主に解説していただきます。脳波エントロピーに馴染みがなかった方々にも理解が深まることでしょう。小板橋俊哉先生には、BISモニタリングの特徴とともに、臨床に活かすために必要な事項についてお話ししていただきます。明日からの臨床に役立つお話がお聞きできることでしょう。
一般演題は6題のお申し込みをいただきました。心拍変動が4題、脳波が2題で、興味深いご発表が期待できそうです。
今後、周波数解析法が更に発展し、一層安全な周術期管理に役立つことを願っております。多数の先生のご出席をいただき、活発なご討論を頂けますよう、お願い申しあげます。
2011年2月吉日
鶴見大学歯学部歯科麻酔学教室
第12回日本周術期時間医学研究会会長
野口いづみ
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周術期時間医学研究会世話人会名簿(五十音順) |
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稲田 英一 |
順天堂大学医学部 麻酔科学・ペインクリニック講座 |
河本 昌志 |
広島大学病院 麻酔・蘇生学教室 |
洪 淳憲 |
藤田保健衛生大学坂文種報徳会病院 麻酔科 |
小松 徹 |
愛知医科大学医学部 麻酔科学講座 |
志茂田 治 |
医療法人聖粒会 慈恵病院 |
白神 豪太郎 |
香川大学医学部 麻酔学講座 |
高松 功 |
防衛医科大学校 麻酔科 |
田中 誠 |
筑波大学大学院人間総合科学研究科 機能抑制医学専攻麻酔・蘇生学 |
鎭西 美栄子 |
東京大学医科学研究所附属病院 麻酔科 |
丹羽 均 |
大阪大学歯学部附属病院 歯科麻酔科 |
野口 いづみ |
鶴見大学歯学部 歯科麻酔学教室 |
萩平 哲 |
大阪大学大学院医学系研究科 麻酔・集中治療医学講座 |
早野 順一郎 |
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藤原 祥裕 |
愛知医科大学医学部 麻酔科学講座 |
渡邉 誠治 |
水戸中央病院 麻酔科 |
第12回周術期時間医学研究会プログラム
開会の辞 (13:30〜13:35)
鶴見大学歯学部歯科麻酔学教室 野口いづみ
一般演題 (13:35〜14:35)
座長 愛知医科大学医学部麻酔科学講座 藤原祥裕
1.敗血症を発症した患者にみられた心拍変動の時系列パターン
○松丸直樹1)、河村洋子2)、横田康成2)、白井邦博1)
1)岐阜大学医学部附属病院高次救命治療センター
2)岐阜大学工学部応用情報学科
2.RR・QT測定解析システムMemCalc/Q-Tch(メムカルクキュータッチ)によりセボフルラン麻酔中のQT延長を発見し、麻酔法の変更により無事手術を終了した1症例
○平 久美子
東京女子医科大学東医療センター麻酔科
3.脊髄くも膜下麻酔中に徐脈反射を起こし無脈性電気活動となった一例
○三好寛二1)、田中裕之1)、木下博之1)、中村隆治2)、佐伯 昇2)、
栗田茂顕3)、河本昌志2)
1)
2)広島大学大学院医歯薬学総合研究科 麻酔蘇生学
3) あかね会土谷総合病院 麻酔科
4.大腿神経ブロックは単顆人工膝関節置換術中の交感神経活動を抑制する
○武田敏宏、植村直哉、菅原友道、笠間あきつ、白神 豪太郎
香川大学医学部附属病院
麻酔・ペインクリニック科
5.プロポフォールとデクスメデトミジンによる鎮静の脳波エントロピー法による評価
−BISとの比較−
○島田利加子、野口いづみ
鶴見大学歯学部歯科麻酔学教室
6.蘇生後患者における脳波検査の臨床応用について
○高井信幸1)、織田成人1)、貞広智仁1)、平山陽1)、仲村将高1)、
渡邉栄三1)、立石順久1)、野村文夫2)、真々田賢司3)
1) 千葉大学大学院 医学研究院 集中治療医学
2) 千葉大学大学院 医学研究院 分子病態解析学
3) 千葉大学医学部附属病院 検査部
休 憩 (14:35〜14:45)
シンポジウム 麻酔と脳波について語ろう (14:45〜17:15)
座長 東京歯科大学市川総合病院麻酔科 小板橋俊哉
コメンテータ 東京大学医科学研究所附属病院 鎮西美栄子
1.脳波解析法の基礎 大阪大学大学院医学系研究科麻酔・集中治療医学講座 萩平 哲
2.BIS・エントロピーを用いた麻酔深度の評価 小板橋 俊哉防衛医 防衛医科大学校麻酔科 防衛医科大学校麻酔科 高松 功
3.臨床に活かすBISモニタリング 東京歯科大学市川総合病院麻酔科 小板橋 俊哉
閉会の辞 (17:15〜17:20)
鶴見大学歯学部歯科麻酔学教室 野口いづみ
シンポジウム
シンポジウム 脳波について語ろう 1
脳波解析法の基礎
萩平 哲 大阪大学大学院医学系研究科 麻酔・集中治療医学講座
体動や循環動態の変動は麻酔の指標とならないことが判明して以来,麻酔薬の脳への効果を判断するために脳波モニターが用いられるようになってきた.一昔前の脳波計は脳波を紙に記録してそれを判読するというものであったが,コンピュータの発達と共にオンラインで取り込んだ脳波をリアルタイムに解析できるようになった.ここでは現在の脳波モニターで用いられている種々の脳波解析の方法に関して基礎的な部分に焦点を当てて解説する.
脳波はその周波数帯によりδ,θ,α,βの4つに分類されている.最も速いβ波は14-30Hz程度の周波数である.紙に記録する場合30 Hz程度までが限度であったためか多くの脳波計では30Hz未満の脳波を取り扱っていた.30 Hz以上のβ波よりもさらに速い波は意識と密接に関係があるとされ,これをγ波とすることも提唱されたが現在では否定的である.BISモニターやエントロピーモニターは47 Hzまでのγ波領域の周波数帯まで利用しているが,周術期においてこの周波数帯で観測されるのはほとんどが筋電成分である.
コンピュータはデジタル信号を取り扱うため,アナログデータである波形データをデジタル信号に変換しなければならない.ここで問題となるのがサンプリング周波数である.一般に元の波形の情報を完全にデジタル化するためには信号の最高周波数の2倍以上のサンプリング周波数が必要となる.これをサンプリングの定理と呼ぶ.サンプリング周波数の1/2の周波数をナイキスト周波数と呼び.この周波数以上の成分は正しくサンプリングできず,ナイキスト周波数以下に折り返しイメージとして現れノイズとなる.これを防ぐために低周波数だけを通すローパスフィルタが用いられる.もっともローパスフィルタは規定周波数以上の周波数成分を全く0にするのではなくその振幅を大きく圧縮しているだけであるため大振幅の高周波数ノイズは完全に除けるとは限らないことに注意が必要である.これらのことを考慮し,脳波モニターのサンプリング周波数は100-1000 Hz程度に設定されている.実際には後述する周波数解析で用いられる高速フーリエ変換に都合がよいように2のベキ乗の値,つまり128, 256, 512 Hzがよく用いられる.
波形解析で最もプリミティブな方法は時間と共に変化する振幅を解析するタイムドメイン解析である.脳波モニターでは深麻酔時にみられるburst and suppressionの評価にこの解析法が用いられている.この方法で平均の振幅を算出することも可能である.
脳波解析で最もよく用いられるのは周波数解析である.通常は演算が最も速い高速フーリエ変換(FFT)が用いられる.フーリエ変換は無限に繰り返される正弦波を基本に解析を行うが,実際の解析は有限長の波形に対して行われる.端点での不連続性を解消させるためにウィンドウ関数が用いられるが,これには波形を歪ませる問題がある.自己相関法(AR)や最大エントロピー法を用いればこの問題は生じないが演算には3倍程度の工程が必要となる.フーリエ解析では周波数成分の時間的分布を知ることはできないが,有限長の波の小片(Wavelet)を用いたウェーブレット解析では周波数成分の時間的局在を知ることが可能である.ウェーブレット解析はフーリエ解析にはない優れた長所をいくつか有している.
さて,周波数解析ではフーリエ解析で得られる情報のパワーのみを用い位相情報は用いていないが,BISモニターで用いられているバイスペクトル解析はこの位相情報を用いて,周波数成分の非線形相互作用を確率統計学的に解析するものである.
脳波モニターはここに挙げた各種の解析法を応用している.BISモニターは上記の3種類の解析法を組み合わせ,さらにデータベースの多変量解析から得られた係数を用いてBIS値を算出している.一方エントロピーモニターは周波数解析で得られたパワーの分布の偏りをエントロピー値で算出し,これに非線形変換を加えてSE, REを算出している.麻酔の指標によく用いられるSEF95は周波数解析の結果から算出される.
麻酔のモニターには脳波モニター以外に聴性誘発電位を用いたモニターも市販されている.聴性誘発電位に関しても,麻酔薬による変化やそのパラメータの算出に関して言及したい.
連絡:hagihira@masui.med.osaka-u.ac.jp
略歴
平成60年3月 大阪大学医学部卒業
平成 2年3月 大阪大学大学院医学系研究科外科系(麻酔学)終了
平成 4年7月 大阪大学医学部助手(麻酔学)
平成10年7月 大阪府羽曳野病院麻酔科医長(平成14年〜部長)
平成15年7月 大阪大学大学院医学系研究科助手(麻酔科学)
平成17年11月 大阪大学医学部附属病院講師(集中治療部),現在に至る
2009年度JBPOT合格、2004年度 日本麻酔科学会 山村記念賞受賞
シンポジウム 脳波について語ろう 2
BIS・エントロピーを用いた麻酔深度の評価
高松 功 防衛医科大学校麻酔科
現在臨床ではBISモニターやエントロピーモニターなどを用いて全身麻酔による脳波変化をとらえ、数値化することにより麻酔深度の評価されている。これらのモニターはその簡便さから広く用いられているが、測定値の妥当性を評価するためにこれらのモニターに関して特徴を理解しておくことは重要と考えられる。
BISモニター現在最も広く用いられている麻酔深度モニターと考えられる。麻酔深度によりRelative
Beta Ratio(ベータ波の割合)、Synch Fast Slow(バイスペクトラム分析による指数)、QUAZI、Burst Suppressionの割合などを用いて算出されているとされるが、BIS値算出のアルゴリズムに関して公開されていない。BIS値40近辺では麻酔濃度を変化させてもBIS値が変化しなかったとの報告や、強い侵害刺激が加わると巨大デルタ波が出現しBIS値が低下するなどの報告もあり、BIS値が正しい麻酔深度を表しているかは脳波を見て判断することが重要である。
エントロピーは系の乱雑さを表す状態量で、一般に規則正しい状態はエントロピーが小さい状態、不規則な状態はエントロピーが大きい状態となる。脳波は、意識を失ったときに不規則なパターンからより規則的なパターンへ変化する。覚醒時のように多くの周波数成分が混在している脳波(EEG)ではエントロピーは高くなる。一方、麻酔時には低周波数成分に偏るためエントロピーは低くなる。
前額部に貼付したセンサーからはEEGと筋電図(EMG)が混在した波形が計測される。低い周波数帯は主にEEGで、高い周波数帯は主にEMG成分からなる。エントロピーモニターはセンサーから得られた不規則性な周波数成分をスペクトラル・エントロピー解析によりSE (State Entropy)およびRE (Response Entropy)という名称で数値化して表示する。SEはおもにEEGの周波数帯域である0.8〜32Hzの信号から算出され、0〜91の値をとる。一方、REは0.8〜47Hzの周波数帯域の信号から算出されたEEGとEMGの両方に基づくパラメーターで0〜100の値をとる。また、麻酔深度が深くなるとEEGの測定時間全体に対する抑制期間(burst suppression)の1分間あたりの割合をBSR(%)で示す。SEおよびREともに全身麻酔中の推奨範囲は40〜55である。鎮痛が不十分なときなど侵害刺激が加わるとEMGが増加し、SEとREは解離する。顔面筋は他の骨格筋に比べて筋弛緩薬に抵抗性で、筋弛緩薬使用中でもある程度は顔面筋筋電図(fEMG)が認められる。
侵害刺激が加わるとfEMGが増加し、REとSEの差(RE-SE)は増加する。そのためRE-SEは術中の鎮痛状態を評価するのに有効であると思われる。しかし、RE-SEは筋弛緩状態に影響され、RE-SEを用いた鎮痛状態の定量化には限界がある。また、麻酔からの覚醒時には32Hz以上の周波数帯域(γ領域)の脳波が増加するためRE-SEは増加することになる。さらに、REとSEのTime Windowはそれぞれ1.92〜15.36および15〜60秒である。そのため鎮静状態が浅くなる局面ではREの上昇が先行し、遅れてSEが上昇してくることになる。このような状況ではRE-SEは一過性に増加する可能性がある。このようにRE-SEの増加は鎮痛の不足を示しているとは限らないため、RE-SEによる鎮痛の評価には注意が必要である。
侵害刺激が加わるとfEMGが増加しRE、RE-SEが増加するが、同時にBISとSEも上昇する。このBISとSEの上昇は侵害刺激によって鎮静が浅くなったと考えることもできる。しかし、筋弛緩薬は侵害刺激によるREとRE-SEの上昇だけでなくBISとSEの上昇も抑制する。このことはSEの算出に基づく周波数帯域にもEMGが含まれていることを示している。つまりEEGとEMGは単純にSEの最大周波数32Hzでは分離されず、オーバーラップしていると考えられる。
エントロピーはBISと同様に鎮静モニターとして有用と考えられる。RE-SEは侵害刺激により増加するが、筋弛緩薬に影響されるなど、その評価には注意が必要である。
連絡:tisao@ndmc.ac.jp
略歴
平成6年3月 防衛医科大学校卒業
平成9年8月 麻酔科専門研修(防衛医大)
平成13年5月 独立行政法人国立病院機構西埼玉中央病院 麻酔科医長
平成16年8月 東京女子医大 麻酔科 助教
平成17年6月 済生会川口総合病院 麻酔科 医長
平成18年1月 防衛医科大学校 麻酔科 助教
平成22年10月 防衛医科大学校 麻酔科 講師
シンポジウム 脳波について語ろう 3
臨床に活かすBISモニタリング
小板橋 俊哉 東京歯科大学市川総合病院 麻酔科
脳波モニタリングを行っていない場合には,麻酔科医は患者が覚醒しているか就眠しているのかの二者択一の判断しか行えなかった.脳波モニタリングを行うことによってどれ位深く眠っているのか,すなわち中枢神経系が麻酔薬によって抑制される程度を定量することが可能になった.この結果,術中,不必要に深いレベルの麻酔を回避することが可能となり,セボフルラン,イソフルラン,デスフルラン,プロポフォールの使用量がそれぞれ39%,26%,23%,21%削減可能であったことが報告されている.これによって患者一人当たりの薬剤費は5〜20ドル削減された.次に,不必要に深い麻酔を回避することは,術後早期に覚醒させる恩恵をもたらした.術後回復室(post anesthesia care unit: PACU)入室時に見当識が回復していた割合はBIS非使用時には23%であったが,BIS使用時には43%とBIS使用によって見当識の回復で表される早期回復率は87%も向上した.これに伴いPACUの在室時間も,BIS非使用群では77分であったものがBIS使用群では65分と,在室時間が16%短縮した.さらにはPACUに入室せずに直接病棟へ帰室する割合もBIS使用により増加したことから,医療費のさらなる削減効果につながった.一方,BISモニタリングを行うことによって不必要に浅い麻酔を回避することも可能になった.これによって術中覚醒の可能性を大きく減じることが期待されている.
BISモニタに表示されるパラメータには,BIS値以外に脳波原波形,signal quality index(SQI),筋電活動(EMG),suppression ratio(SR),トレンドグラフが表示されている.術中,電気メス使用時などにノイズが混入すると誤ったBIS値を表示する危険性が高くなることから,ノイズの混入した脳波を削除し解析しない仕組みを取り入れている.SQIは認識されたノイズを含む脳波信号を除外し解析された脳波信号の割合を示す.SRは直近63秒間の内,平坦脳波が占める割合を表す.例えば,SRが33であれば1分間の内,約20秒間は脳波が平坦となる.平坦脳波は鎮静薬のみならず鎮痛薬の過量投与時にも見られる.現在,汎用されているセボフルランやイソフルランは,それまでのハロタンやエンフルランと比して臨床濃度に近い濃度で容易に平坦脳波が出現する.一方,大脳の広範囲で虚血を生じた場合などにおいても平坦脳波が生じることから,SRの上昇時には脳虚血の可能性を常に念頭に置き対処する必要がある.麻酔薬の過量投与時,あるいは脳死状態でもSRは100を示すが,平坦脳波を見ているだけでは両者を区別できない.他の情報も併せて判断する必要がある.
講演では,BISモニタリングを臨床に活かすために必要な事項を,臨床例を挙げながら概説する.
連絡:koitabas@tdc.ac.jp
略歴
昭和61年 慶應義塾大学医学部卒業、慶應義塾大学病院研修医(麻酔科)
平成 4年 日本麻酔科学会麻酔指導医
平成 5年 医学博士、東京歯科大学市川総合病院麻酔科助手
平成 6年 東京歯科大学市川総合病院麻酔科講師
平成11年 米国エモリー大学医学部麻酔科留学
平成12年 東京歯科大学市川総合病院麻酔科助教授
平成18年 東京歯科大学市川総合病院麻酔科教授
一般演題
一般演題 1
敗血症を発症した患者にみられた心拍変動の時系列パターン
松丸直樹1)、河村洋子2)、横田康成2)、白井邦博1)
1)岐阜大学医学部附属病院高次救命治療センター
2)岐阜大学工学部応用情報学科
【背景】心拍変動(HRV))は自律神経の活動指標のほかに、敗血症(感染に起因した全身性炎症反応)との関連で数多くの研究がなされている。当大学では、岐阜大学大学院医学系研究科医学研究等倫理委員会の承認のもと、敗血症発症に先んずる特徴的パターンを見出すために、同意を得られた入院患者(116名)を対象に生体情報データを収集し(2195日分)、解析を行っている。その結果、敗血症性のショックに先立ってHRVが徐々に低下し、上昇に転ずるV字パターンが観測されている。
【目的】敗血症を発症した一患者のバイタルデータとHRVの変化を後向きに比較し、HRV解析の敗血症発症モニタとしての有用性について検討する。
【方法】HRV解析は、1分間隔のRR間隔に対し、確率モデルを利用して異常心拍とトレンドを自動的に除去し、自律神経由来のHRVを分離・抽出。LF成分、HF成分の範囲、つまり周波数0.04Hzから0.4Hzを積分したものをHRVの推定値とした。
【症例】78歳男性。主訴は重症熱傷。入院日をday0とし、day6に38度を越える発熱を認め、細菌感染による敗血症と診断。抗菌薬の投与を開始した。その後、症状・所見ともに改善するも、day13正午前に血圧低下を認め、敗血症を再発してショック状態となったため、集学的治療を開始した。
【結果】下図に当該患者の心電波形より算出したHRVと、それに対応するバイタルデータ(深部体温と血圧)を示した。専門医が敗血症、敗血症性ショックと診断する前に緩やかなHRVの減少が確認できる。
【考察】敗血症発症の確定診断は、専門医の主観に頼っている部分が多々ある。そこで、敗血症を検知する客観的な手法の確立が望まれている。HRV解析がその一翼を担う可能性が示唆された。
連絡先 松丸直樹:n_matsu@gifu-u.ac.jp
一般演題 2
RR・QT測定解析システムMemCalc/Q-Tch(メムカルクキュータッチ)によりセボフルラン麻酔中のQT延長を発見し、麻酔法の変更により
無事手術を終了した1症例
平 久美子
東京女子医科大学東医療センター麻酔科
【背景】周術期には、絶食、精神的緊張、疼痛、薬剤など、さまざまなQT時間を延長させる要因があり、注意深いQT時間のモニターが必要である。GMS社製のRR・QT測定解析システムMemCalc/Q-Tch(メムカルクキュータッチ)は、3点誘導の心電図から自動的にRR間隔、QT時間、T peak-T end時間、エントロピー、HF、LFをリアルタイム計測し表示する。周術期のQ-TouchによるQT時間モニターが有用性であった1症例を提示する。【症例】 前立腺がんの診断で待機的前立腺全摘術が予定された72歳男性。体重73kgで本態性高血圧に対しアンギオテンシン受容体拮抗薬オルメサルタン20mgとカルシウム拮抗薬アゼルニジピン16mgが手術当日朝まで投与されていた。午後2時の入室時までに輸液は1000ml投与され、入室時血圧175/87、心拍数72/分、心電図洞リズム、Fridericia法による補正QT時間(QTc)426 msecであった。Th7/8より硬膜外カテーテルを挿入し、2%リドカイン5mL/h持続注入、プロポフォール導入、ロクロニウム挿管後、50%笑気-50%酸素-1.5%セボフルランにより維持した。執刀前、血圧78/42、心拍数50/分、QTc 453 msec、硫酸アトロピン投与するも心拍数の増加はみられなかった。血清カリウム3.4 mmol/L、血糖 129 mg/dLだった。執刀4分後、血圧74/38、心拍数48/分、洞リズムQTc 473 msecとなり、心電図の基線にTorsades de pointes様のゆらぎがみられたため、セボフルランを中止し、プロポフォール3 mg/kg/hrに変更した。10分後QTcは429 msecとなり、以後30分おきに、QTc(msec)は451、432、443、439、423、427、443、422と順調に推移し、手術終了時、血圧100/58、心拍数50/分、QTc 443、覚醒抜管退室時、血圧130/68、心拍数56/分、洞リズムQTc 423であった。麻酔時間は292分、術中の輸液量2900 mL、尿量150 mL、輸血量 1200 mL、出血量1800 mLであった。【考察】セボフルランによりQT延長がおこることがある。アンギオテンシン受容体拮抗薬は半減期が長く、術前に中止しない場合、全身麻酔中に高度の低血圧をきたすことがあるが、QT延長時の安易なβ刺激薬の使用は危険である。本症例の場合、QT時間のリアルタイムモニターにより、セボフルランによるQT延長を早期発見し、中止により事なきをえた。
連絡先 平 久美子:VFG03077@nifty.com
一般演題 3
脊髄くも膜下麻酔中に徐脈反射を起こし無脈性電気活動となった一例
三好寛二1)、田中裕之1)、木下博之1)、中村隆治2)、佐伯 昇2)、
栗田茂顕3)、河本昌志2)
1)
2)広島大学大学院医歯薬学総合研究科 麻酔蘇生学
3)
あかね会土谷総合病院 麻酔科
脊髄くも膜下麻酔に伴う心停止は重篤な麻酔合併症である。今回、脊髄くも膜下麻酔の穿刺中に心拍数と血圧が低下し、薬液注入時に無脈性電気活動(pulse less electrical activity: PEA)を呈した症例を経験したので報告する。
【症例】85歳男性、身長160cm、体重68kg。過去6回の経尿道的膀胱腫瘍切除術の既往があり、麻酔は全て脊髄くも膜下麻酔で行われ、麻酔に伴う高度な血圧低下や徐脈は生じていなかった。今回、持続する膀胱出血に対し、緊急で経尿道的止血術が計画された。麻酔は脊髄くも膜下麻酔を予定した。手術室に入室時、血圧146/98 mmHg、心拍数136bpmであった。脊髄くも膜下麻酔の穿刺は左側臥位で、25Gのスパイナル針を用いて行った。穿刺手技開始から約10分後、血圧82/39 mmHg、心拍数59bpmに低下したが意識清明であったため、穿刺を継続した。穿刺手技開始から約20分後に第3・4腰椎間から脊髄くも膜下腔に高比重0.5%ブピバカイン2.5 mlを注入した。薬液注入と同時に測定された血圧は45/18 mmHgであった。速やかに仰臥位に体位変換したが、喘ぎ様呼吸で応答がなかった。心電図は心拍数40bpmの接合部調律で、PEAと判断した。直ちに純酸素によるマスク換気と急速輸液を行い、エフェドリンを16 mgを投与した。心拍は86bpmの洞調律に速やかに復帰し、血圧は142/60 mmHgになった。血圧の上昇とともに意識清明となった。接合部調律であった時間は約1分間で、意識消失した時間は約2分間であった。手術は予定通り行い、出血部位を焼灼して終了した。
術後に、術中の心電図をMemCalc/Tonam2(株式会社ジー・エム・エス、東京)を用いて心拍変動を解析した。解析では、心拍数と血圧の低下が生じる直前にLF/HFが上昇し、その後HFがやや優位のLFとHFの上昇がみられた。
【考察および結語】臨床経過と心拍変動の解析結果により、PEAの原因は交感神経過緊張が逆説的な副交感神経優位へと変じるBezold-Jarisch反射であると考えられた。循環血液量減少や精神的緊張により頻脈が生じている状態から矛盾した除脈が生じた場合、Bezold-Jarisch反射を疑い、輸液負荷や硫酸アトロピンの投与をする必要がある。
連絡 三好寛二:miyoshi0728@hotmail.co.jp
一般演題 4
大腿神経ブロックは単顆人工膝関節置換術中の交感神経活動を抑制する
武田敏宏、植村直哉、菅原友道、笠間あきつ、白神 豪太郎
香川大学医学部附属病院
麻酔・ペインクリニック科
【背景】大腿神経ブロック(FNB)は膝手術後の疼痛強度を減じ,回復促進に寄与することが示されているが,術中交感神経活動を抑制するかどうかについては明らかでない.心拍変動(HRV)は心臓自律神経活動評価に広く用いられ,スペクトル解析によるHRV高周波成分(HF,0.15-0.4 Hz)には心臓副交感神経が,低周波成分(LF,0.04-0.15 Hz)には交感・副交感神経の両者が関与しており,HF は副交感神経機能の指標,LF/HF比は交感神経機能の指標と考えられている.
【目的】HRV解析を用いて単顆人工膝関節置換術(UKA)における交感神経活動にFNBが影響を及ぼすかどうかを検討する.
【方法】研究プロトコールについて当施設倫理委員会からの承認と各患者からの同意を得た.全身麻酔下UKA施行予定患者(男性9名,女性13名,年齢60-84歳,ASA PS 1-2)を対象とした.全例,全身麻酔をプロポフォール1.5-2 mg/kgで導入,セボフルラン(Sev)1-3%で維持,ラリンジアルマスクで気道確保し自発呼吸で管理した.麻酔導入後,FNB群(n=11)では超音波ガイド下にFNB(0.375%ロピバカイン40ml使用)を施行したが,対照群(n=11)では行わなかった.術中のSevおよびフェンタニル用量を血圧・心拍数を指標に調整した.HRV解析をGMS社製
Memcalc/TarawaRで行った.
【結果】両群間に年齢,身長,体重,手術・麻酔・ターニケット駆血時間,術中出血量・輸液量・尿量,術中平均呼気終末Sev濃度・血圧・心拍数・呼吸回数,麻酔導入前・手術開始前のLF値,HF値およびLF/HF比に差はなかった.術中のフェンタニル使用量(455±69 (平均±SD) vs.
85±90 μg),平均LF値および平均LF/HF比はFNB群で有意に低かった(表).術中平均HF値には差がなかった.
【結論】FNBはUKA術中の交感神経活動を抑制することが示唆された.
表 術中平均LFおよびHF
|
LF(ms2) |
HF(ms2) |
LF/HF 比 |
対照群 (n=11) |
465±305 |
235±155 |
3.5±2.0 |
FNB 群 (n=11) |
155±195* |
310±245 |
0.5±0.4** |
平均±SD,*P<0.05 ,**P<0.01.
一般演題 5
プロポフォールとデクスメデトミジンによる鎮静の
脳波エントロピー法による評価−BISとの比較−
島田利加子、野口いづみ
鶴見大学歯学部歯科麻酔学教室
【目的】プロポフォール(Prop)とデクスメデトミジン(Dex)による鎮静について脳波エントロピー法を用いて評価し,結果をBISと比較検討した。あわせて,両薬の鎮静についても評価した.
【方法】男性被験者を対象とし、各2回の実験を行った。P群ではPropを8mg/kg/hを10分間初期投与し、その後4mg/kg/hを20分間投与し、D群では、Dexを6μg/kg/hを10分間初期投与し、その後0.2μg/kg/hを20分間投与した。両群で初期投与終了後に10分間、歯石除去を行った。鎮静度はBISと,脳波エントロピーで測定されるRE(顔面の筋活動を反映)とSE(鎮静効果を反映)、Ramsayスコアを用いて評価した。また、実験中にイラストを見せて、実験後に記憶の有無から健忘効果を評価した。
【結果】RE・SE値はP群D群ともに5分値から低下したが,BIS値はP群では5分値から,D群では25分値から低下した。歯石除去中のBIS値とRE・SE値は、一時的に上昇したが、BISではP群(mean±SD)(82±8)がD群(93±5)よりも低く,RE(P:92±4,D:93±7)とSE(P:83±4,D:83±8)では,群間差はなかった。30分値ではBIS値は群間差がなかった(P:59±16,D:51±18)が,RE(P:54±23,D:37±22)・SE(P:48±21,D:31±17)値はP群がD群よりも高かった。回復時にはBIS値とRE・SE値はともに、P群がD群よりも高かった。Ramsayスコアは、P群・D群ともに10分値から上昇し,回復時に低下し、P群では40分値まで,D群では120分値まで高かった.健忘効果は、P群では40分値まで、D群では80分値まで、順行性健忘がみられた。
【考察】BIS値とRamsayスコアより,PropとDex投与中の無刺激時の鎮静度は,両群で同程度と思われる.しかし,歯石除去中のBIS値は,D群がP群より高く,Dexの被刺激性が高いことを示していると推測される.また,刺激の有無に対してRE・SE値は変動しやすいと思われる.D群の方がP群よりも、BIS値、RE・SE値、Ramsayスコア、健忘効果が早期に回復することから、回復はPropのほうが早いと考えられる.
連絡先 野口いづみ:noguchi-i@tsurumi-u.ac.jp
一般演題 6
蘇生後患者における脳波検査の臨床応用について
高井信幸1)、織田成人1)、貞広智仁1)、平山陽1)、仲村将高1)、
渡邉栄三1)、立石順久1)、野村文夫2)、真々田賢司3)
1) 千葉大学大学院 医学研究院 集中治療医学
2) 千葉大学大学院 医学研究院 分子病態解析学
3) 千葉大学医学部附属病院 検査部
【ABR(Auditory Brainstem Response)・SEP(Somatosensory
Evoked Potential)】
当院へ院外心肺停止で搬送され蘇生後にICU管理となった症例のABR・SEPと神経学的
転帰に関する検討を行った。ABR X波検出群と非検出群、SEP N20波検出群と非検出
群、これらの神経学的転帰をCPC(Cerebral
Performance Categories)を用いて評価し
た。ABR X波非検出の場合またはSEP N20波非検出の場合はCPC4〜5となる感度と陰
性的中率が100%であり、ABRまたはSEPを用いて信頼度の高い神経学的転帰不良の予測
が行えることを確認した。また、SEPは神経学的転帰不良の予測においてABRよりも正
確度が高かった。
【AEP(Auditory Evoked Potential) P50】
P50の発生源は海馬CA3錐体細胞と考えられ、CA3錐体細胞は虚血により容易に傷害さ
れることが知られている。P50は睡眠中の乳児にも認められる基礎的な誘発電位であ
り、一般にREM(Rapid
Eye Movement)・non-REMといった意識状態にも影響を受けにく
いとされる。心肺停止による低酸素脳症では海馬CA3錐体細胞が傷害されている可能
性が高く、蘇生後で意識状態が判然としない症例でもP50の測定は行えることから、
P50の評価が蘇生後患者の神経学的転帰予測に有用な可能性があると考えた。院外心
肺停止蘇生後にICU入室となった症例中、ABR 波とSEP N20波の双方が検出された症
例で発症から平均第5病日にP50を記録した。本検討では、P50検出例では神経学的転
帰は良好、非検出例では転帰不良という結果が得られ、P50 が蘇生後患者の神経学的
転帰予測に有用である可能性が示唆された。
【aEEG(Amplitude-integrated EEG)・BSR(Burst
Suppression-Ratio)・
DSA(Density-modulated Spectral Array)】
心肺停止による低酸素状態の症例において急性期に痙攣発作が出現することは少なく
なく、神経学的転帰不良の予測因子とされる。一見して痙攣発作が起きていない場合
でも電気生理学的には痙攣発作が持続している可能性もあり、蘇生後症例では脳波を
持続的にモニタリングすることが重要である。近年、aEEGがNICUにおける新生児領域
の痙攣管理に、BSRが麻酔科領域で麻酔深度の管理に利用されるようになり、周波数
成分の変化を視覚的に捉えるDSAも普及してきた。今回、急性期にある蘇生後脳症症
例の痙攣管理におけるaEEG・BSR・DSAの有用性について検討した。結果、DSAは発作
のタイミングを捉え易く、BSRは症状の変化を捉え易かった。aEEGはDSA・BSR双方の
特長を有する一方で基線の動きが大きいために評価が難しく、痙攣発作管理ではaEEG
は補助的に利用することが望ましい。